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ミャンマーの地に日本式伝統治療院を開店(西垣氏)
−現地の視覚障害者への就労支援−


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「GENKY」 視覚障害者が働く医療マッサージ店開店 前編


「GENKY」スタッフの集合写真

4月1日ヤンゴンのチャイナタウンに「GENKY」視覚障害者が働く医療マッサージ店を開店することになりました。
「GENKY」開店を思いついたのは昨年末。技術が高いマッサージ店を探していた時に「ヤンゴン盲人学校」内に視覚障害者が行う日本式のマッサージがあることを聞き、初めて訪ねた時に遡ります。

盲人達の腕の良さに驚き訊ねたところ、彼らの多くが日本のみならず台湾、韓国からの技術支援で直接外国人からそのテクニックを学んでいました。しかし、盲人達が口々に話したのは、独立したい、これで収入を得るために技術を学んだが使う機会がない。ということでした。

政府援助機関やNGOの団体の多くは資金調達の関係で技術は教えたので後は自分で頑張ってください。というスタイルを取っています。資金も独立の方法も経営もわからない彼らにその技術の使い方がわかるはずありません。盲学校にいる彼らも収入を得るために学んだ技術なのにそれを生かすことができず、苦虫を噛んでいました。

「GENKY」のリーダーもそんな一人。彼は政府の支援で2度日本を訪問しており、日本人から医療マッサージの技術指導を受けています。「GENKY」のスタッフには日本人から整体技術を学んだ視覚障害者も含め、ほとんどが外国人から技術を学んだ経験があります。しかしながらそれを生かす場がなく、例えば、リーダーのZaw氏は代表チームのアスリート、芸能人や政商、政府高官から指名があった時は個別に施術を行っていたようですが、普段は盲学校で英語を教えていました。何度も言いますが、マッサージ技術を教えているのではありません。

話を元に戻し、外国からの支援方法の問題についてはすぐ想像できましたので、店を開店させないか、すぐ盲学校の方に打診しに行きました。その時、ヤンゴン盲学校には以前来たことを思い出しました。インパール作戦の取材でヤンゴンに残る日本軍関連施設や建物を探していた時、元ミナミ機関の方とヤンゴンを回り、現存する建物が戦時中何に使われたなどを教えてもらいました。ヤンゴン盲学校の校舎は新しく建てられたものですが、寮として盲人が使っている建物は日本軍が司令部として使っていた建物だと聞きました。 そのことを、ふと盲学校を再訪した時に思い出し、このことが最終的決め手となり本格的に開店を探り始めました。 その後も多くの協力者が現れ「GENKY」開店間近まできました。